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容疑者Xの献身(小説)

ハァ…。
ついに読み終えてしまった。


少し前に、「趣味は読書です」と言えるように本を読み始めたことを書いたが、あまりに俗っぽい作家であるため、何を読んでいるかは言いたくなかったが、あっさりバレてしまった。

読んでいたのは、東野圭吾『探偵ガリレオ』、『予知夢』、『容疑者Xの献身』
ガリレオシリーズってわけです。

作家的には高校生にも人気の高い(つまり読みやすい)人らしくて、ちょっと恥ずかしいなぁ…なんて言うと、東野氏に大変失礼ではありますが、それでなくても人気ドラマの原作。『探偵ガリレオ』なんてもう10年以上前の作品ですよ。それを今さら本屋で購入するということは、「あー、ドラマか映画を見てハマッたクチですね」なんて思われること間違いなし。つい裏返してレジに差し出しましたが、なにか。

しかし読書初心者の僕なんかはそれぐらいでいいのだ。あーそうさ。ドラマを見てハマッたさ。映画を観て泣いたさ。先に映像を見ているおかげで、活字からのイメージが沸きやすいさ。


いや、これが思いの外、読書にハマッている自分がいた。
特に『容疑者Xの献身』。これは良い作品だ…(かなりの今さら感)。
映画を観ているからどういうトリックか知っているわけで、推理小説の推理の部分はすでに意味を成していないのだけど、純愛の小説だと思えば、これは素晴らしい作品ですよ。

映画ではト書きや心情にあたる台詞にない部分が活字となっているおかげで、より深く感情移入できることに気付いた。そうか読書の醍醐味はこれなのか? まさか活字で泣いちゃうとは思わなかったよ。しかもボロボロ泣いてしまった。泣きすぎて字が読めねーっつの。


小説を見てさらに映画『容疑者Xの献身』は、うまく映像化されているとも思った。確かに石神は小説では、柔道家でずんぐりした体型で髪が薄いという描写から、堤真一がその役所なんてとんでもないけど、その設定は完全に無視されたカタチになったが、薄幸な男が一筋の光を見出す役を見事に演じていたと思う。花岡靖子の複雑な心理状況も、松雪泰子の高い演技力で目を見張るものがあった。工藤役がダンカンというのは、ちょっと違うけど。

湯川(ガリレオ)は佐野史郎をイメージして描いたというのだから、まぁ、イメージというのは作家と読者とでは異なるもので、ましてドラマ化となると華のある福山あたりに落ち着くのかなぁ。

そういえば最近、DVDレンタル開始したんだよね。
改めて、もう一度映画版を見てみよう。(劇場鑑賞した際の映画版の感想はこちら


で、今、次は何を読もう?と思索している自分にオドロキ!
ガリレオシリーズ最新作の『ガリレオの苦悩』、『聖女の救済』は、ハードカバーしかなくて本棚が嵩張ってしまうので、文庫化待ち。今のところ、東野圭吾作品を読み漁りたい気分です。お薦めがあれば教えてください。


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お腹いっぱい

日曜日のお話。

昼過ぎに軽くシャワーを浴びて自室に戻ると、携帯がピカピカ青く光っていた。電話の着信があったようだ。なんて珍しいことだろうと着信履歴を見てみると、昨晩(土曜日)一緒に飯を食ったばかりのよれ某さんだった。

どういうわけだか、その着信履歴の名前を見た瞬間的に「俺なんかマズいコメントか書き込みでもしたかな?」と思ってしまった。すぐ折り返して電話をかけてみると、それは思いもよらない内容だった。

一緒に行くはずだった相方シシマルさんの都合が悪くなったため、
GOING UNDER GROUND のライブをご一緒しませんか?


ええぇぇぇ。俺、GOING のこと何も知らないよ? これはあれか、この間、KAN のこと何も知らない某さんをライブに連れて行った、あの仕返しみたいなものか? お前もあのアウェー感を味わえということか?


僕の iPod には GUG の曲は8曲くらい入っていたけど、ほとんど聴くことはなかった。確かに松本素生君はカワイイと思う。いや、正直に言うとかなりタイプといっても良いだろう。しかし、僕は「アーティストがイケるから」という理由で音楽を選ぶことはしない(じゃあ、佐渡裕は一体…)。 iPod に入っていた曲は、何かのタイアップなどで耳に残ったからカラオケネタにと思ってチョイスした程度だ。

GUG の「素生君がカワイイ」という以外の印象としては、「ですます」調の歌詞にキャッチーな切ないメロディ、ロックでありながらポップスの要素も含んでいる、という印象。うーむ、ファンを恐れずにもっと正直に言おう。演奏レベルが驚くほど高いでもなく、歌詞が漠然としていてストレートに心に響かない、あまりパッとしない印象だ。しかし、技術や理論で日本の商業音楽は成り立っていない。ヒットチャートに登場するくらいだから、きっと GUG の魅力は多くの人を惹き付けていて、偏固な僕はそれに気付いていないのだろう。ライブを見れば、少しは印象が変わるかもしれない。


…ということを電話口で5秒くらいでジャッジして、「はい、では行きます」と答えた。


あまりに急なインビテーションであったが、いろいろと予定していたことをテキパキと済ませ、会場最寄り駅で落ち合った頃には既に開場時間を過ぎていた。会場に着くと、すでに僕らの整理番号は呼ばれた後で、並んでいる列をすり抜けて会場入りした。どうせ見るなら、しっかり生の素生君を拝見するんだから!

会場に着くと、「わぁ、あの人知ってる」 「あの人のブログ読んだことある」などなど、組合員も多くいらっしゃいました。でも僕達はどこからどう見てもノンケ。ロック好きの二人組(という設定)だもんネー。
゚.+:。ネー(。・ω-)(-ω・。)ネー ゚.+:。

ステージの照明が明るくなり、メンバーが登場した。逆光で誰が誰なのかわからない。というかそもそも素生君以外のメンバーを知らない。最初に出てきたメンバーが手のひらを上にして腕を広げた。「オイどうした、お前らの声援そんなもんかよ」とでも言わんばかりの客を挑発するようなパフォーマンスだ。それを見て、そうか僕はロックバンドのコンサートに来たんだなぁ、と認識した。

某さんが選んだ会場での立ち位置は流石、ベストポジションだった。ちょうど僕の真正面に素生君が来るようになり、素生君はずっと僕を見て歌っているカタチとなった。いや実際、ずっと見つめ合ってたね。俺に向かって歌ってくれていたよ。(ゲイにありがちなエゴイスティック)


ライブが始まって、色々気付いた点があります。
■明らかに今サビでしょ?という箇所でボーカルがマイクから離れるので、「歌わへんのかい!」と思ったら、観客が大合唱していた。
■歌詞は「ですます」調なんだけど、MCは「お前ら、ついて来いよ」と命令口調だった。
■「ハート行きの電車が出発します」的な、冷静に聞くとコッチが恥ずかしいMC(定番MCらしい)に、観客のボルテージが最高潮だった。僕はそれを「え~、嘘でしょう?」と冷ややかに見ていた。

どれもロックバンドのライブの醍醐味って感じだね。
普段なら恥ずかしいセリフも、あの場所で聞くとかっこいいんだ。


結局、僕の口ずさめる曲は一曲も演奏されることなく、ライブは終了してしまった。でもそれなりに周りに合わせて手を上げてみたり、腕を振ってみた。そんな定番があるとは知らず、皆持っていたタオルを掲げてグルグル回しだしたときには、タオルを持っていない僕はかなり居心地悪かったですが、総括としては楽しめました。

一番驚いたのは、知らない曲なりに涙腺的に一番グッと来たのが、ドラムの人が歌った曲だったこと。素生君よりドラムの人の歌声や声質が、人の心に訴えかける能力を持っているように感じた。まぁ、皆がそういうわけじゃないだろうけどさ。曲と歌詞に聴き入って、少し胸をつねられたような感じがした。


早速、GUG のニューアルバムを手に入れた。
偏固な頭をゆるめて、少し GUG について掘り下げてみようと思います。


和のテイスト

最近、その語感の響きが気に入って面白がってよく使う言葉。

「“和のテイスト”が苦手」

この 和 とは言うまでもなく和洋折衷の和、即ち日本的な物・事柄を表しているのだけど、思い返してみれば、僕は和のテイストを意識/無意識に関わらずことごとく拒絶していた。


例えば音楽。
いわゆる演歌におけるメロディの最大の特徴である「ヨナ抜き音階」が苦痛で仕方ない。たった五音で構成されるメロディはどれも使い古されて全て同じに聞こえてしまうのだ。学生の頃は考え方も若くて、こと音楽に関してはすべて理論的に解釈して善し悪しを決定していた(逆説的にいうと、理論を逸脱した音楽<変拍子や複雑な転調>に強く惹かれる時期もあった)。

しかし今は違う。演歌は歌詞に込められた思いを、歌手がどれだけ歌声(と表情)で聴いている人の胸に響かせるか、という情に訴えかけるものだと理解し、それに同調できる年齢に達したんだと思う。そりゃそうだ、10代の子達の心情をテーマにした演歌なんて有り得ないんだから。小節(こぶし)を利かせて「マぁジむ~かつく~ぅぅ」なんて演歌はギャグでしかない。

演歌についてはクリアしたが、未だに掴めないもっと露骨な和のテイスト音楽といえば、雅楽に代表される日本の伝統音楽だ。わかりやすい例で言えば、日本の正月に必ず聴く箏曲「春の海」なんかも和テイストだ。そもそもこの手の音楽に楽曲的な良さや、はたまたメロディのフックなんかを求めてはいけないのだろう。風情や趣、侘・寂における日本人独特な美意識と風景がマッチして、活きてくる音楽なんだと思う。そういう意味で、僕には日本人的な美意識を持ち合わせていないことは、「仏閣」=「なんか古い建築物」という認識でしかないことに如実に現れているだろう。(それでも京都人か!) これはもっと年寄りにならないと理解できないのかなぁ。


例えば食事。
言うまでもなく和食が苦手である。造りや寿司は偏りこそあるがある程度美味しくいただけるようになった。煮物、蒸し物、練り物、和え物、天ぷら…。食べられないことはないが、「ワーイ!」とはならない。「あ…、まぁ、ハイ、いただきます。」程度のテンションだ。お菓子についてもそうだ。和菓子が苦手だ。特にあんこが苦手だ。

日本料理についても季節ごとの趣を大事にしている。季節のものを具材に取り込み、さらに桜や月を見て、水のせせらぎや鳥のさえずり、鹿威しの音とともに、目にも耳にも美味しくいただけるような風情を求める傾向があるように思う。あいにく僕にはその日本人的美意識が欠落している。

偏食家は食べる料理の範囲を自分で狭くしているくせに、狭くしているからこそ、「美味しい料理が食べたい!」という食事に対する固執は異常に高いと思う。だから他人と食事をするとなると、相手が使っているのと同じくらい、こちらも気を使うのである。二人以上で食べる機会があるときには、大変ありがたいことに偏食家に合わせて料理をチョイスしてくれる。本当は和食が食べたいんだろうな、海老とか食べたいんだろうな、申し訳ないな、ゴメンね、ゴメンね。という気持ちになっているのだよ。偏食家は一人で食事を楽しむしかない悲しい生き物なのさ。(どうでもいい孤高的美化)


例えば男。
あっ、スイマセン、これに関しては純日本人男性が大好きでした。好奇心旺盛で経験豊富な KO2 君は、これまでに何人か外国の方との交流がありますが(文字通りの“交”流)、言葉の壁を取り除いても、やっぱり日本人男性のねっとりとした湿っぽい肉質と絡みが好みのようです。やっぱり金髪・茶髪よりも、俄然、黒髪でしょう。浴衣はでっぷりした腹の下に帯を回すのが日本の男! ひょろい男に浴衣は似合わねーぜ! (つまりただのデブ専ってこと?)


サイケデリック

長年探していた曲がやっと見つかった。

音楽専門学生時代。ボーカルコースにアコギを持った女の子二人組がライブで1曲演奏するので、そのアレンジをしてくれとの依頼。イメージとしては、アコギをジャカジャカ鳴らしながら、ピンクとか黄色とか妖艶な照明で、サイケデリックな感じでお願いします!というものだった。

既製曲をコピーするということで2曲もらった。
アレンジを聞いてみて、どちらか一方を使用するというもの。

その中の1曲は知っているA曲で、もう1曲は知らないB曲だった。B曲は少し古い曲らしく、サーッとノイズの乗ったレコーディング技術が歴史を物語っているような感じがした。

B曲にはちょっとした変拍子が入ったりして、プログレッシブ好きの僕はこちらをメインで使用してもらえるよう、B曲に特に力を入れてアレンジをした。A曲もB曲もオルガンをウギャウギャギャと歪ませて、狂ったときのキース・エマーソン(オルガンを揺らしたり持ち上げたり、蹴ったりナイフで刺したり、果てはオルガンの下敷きになって演奏する変人さん)をバリバリ意識したアレンジに仕上がった。

結局、その変拍子が女の子達には取っ付きにくかったようで、ライブで使用されたのはA曲となりました。A曲も手を抜いたわけではないので、別に良かったんだけど。

で、僕はそのB曲を、どこでどう信じ込んでしまったのか、沢田研二の曲だと思っていた。もしくは、ザ・タイガースだ。最近になって、そういえばあの曲カッコ良かったよな~と思って、いろんな語句で検索しみたのだが、全然見つからない。まぁそんな真剣に探しているでもなかったので、数年経ってしまったのだけど、タイトルだけは覚えていて、朧気に覚えている歌詞なんかをくっつけて、今さっきやっとヒットした。沢田研二ではない。奴だ。





陽水だ。
結局、A曲もB曲も、井上陽水だったんだ。(A曲は『東へ西へ』)

あ~、スッキリした。

アレンジした楽曲は、2曲ともMacintoshのほうにデータが残っていたと思うので、機会があればアップしてもいいけど、今となってはあまりに稚拙なアレンジだと思うので、やっぱり嫌だ。


きっかけ

出社時と退社時に、O谷さんのチームの行き先予定表(ホワイトボード)を、通り過ぎざまにさりげに凝視してO谷さんの予定を確認するのが日課。どうやらO谷さんは明日から23日まで五連休のようだ。五日間、O谷さんに会えないのかぁ。何するのかなぁ。何せ新婚ですからね。中国人の嫁さんと、旅行でもするのかなぁ。

O谷さん、O谷さんとしつこく書いていたら、「O谷」という語句で検索してこのブログに辿り着いた人がいた。実はこうしてO谷さんのパーソナルな予定を書くことで、巡り巡って本当にO谷さんに見つかってしまうことを、どこか期待しているところもあったりして。


O谷さん、見てますかーッ!



大丈夫ですか? 病的みたいじゃないですか? 気持ち悪くないですか?
もしストーカー行為で捕まったときには、このブログがなによりの証拠になるんだろうなぁ。

このブログが見つかったところで気持ち悪がられるだけですし、そうでなくても最近、O谷さんと目が合うたびに、O谷さんの眉間に皺を寄せて露骨にウザがられているような、嫌われつつあるような気がしているので、最近はできるだけO谷さんを見ないように意識している。

でもね、O谷さんの顔が視界に入るたびに、「はぁ…、素敵だ」と魅了されてしまうのと同時に、どうしようもない想いが込み上げて、デスクで泣きそうになってしまうので、「いかん!いかん!」と頭を抱えて泣き顔を隠しつつ、冷静さを取り戻すのです。


派遣契約の僕はなんとか来期も今の職場に居続けることができるようだ。でもこのご時世、いつ契約を切られるのか判ったものじゃない。僕はこのままO谷さんと何の関係性も無いままここを去らなくてはならないのだろうか? もし切られるようなことになっても、O谷さんは他チームの僕のことなんて全く気にも留めることなく、最後まで言葉を交わすこともないまま終わってしまうのだろう。職場の通用門を最後に出るとき、僕は一体どれほどの悲しみが押し寄せてくるというのだろう?

なんてことを考えたら、果てしなくせつなくなって、
そう遠くない未来に、つい焦りを感じてしまう。


本当に些細なものでもいい。
何か、何かきっかけがあれば。


読書アンニュイ

幼少の頃からピアノを習っていたおかげかどうかはわからないけど、譜面を初見でスラスラと弾くように、文字を初見でスラスラと、且つ正確に読むことについては自信がある。

学生時代、特に小学生の頃に国語科の本読みの授業で、句点「。」区切りで回し読みをする際に大いにその実力を発揮したものだ。つっかかって上手く読めない子、助詞を勝手にアレンジしてしまう子、漢字が読めなくて完全に止まってしまう子、別にそれ自体にイライラしたりはしないけど、何で上手く読めないのかな?と思ってしまう。あ、あとイントネーションがどうしても関西弁になってしまう子もね。味があって良いのだけど、文章は標準語で書かれているのに、違和感を感じずにはいられない。

それでいて僕は、初見でもスラスラと丁寧に読み、カギ括弧のセリフ部分では多少の演技も入れつつ、なんとなく「巻き」の雰囲気のときには、スピードアップしながらもつっかかることなく読む。先生から良いお手本として、よく読まされたものだ。


しかし乍ら、僕は読書は大の苦手なのだ。僕の本棚にはマンガはたくさんあるけど、活字オンリーの本についてはほとんど無い。佐渡裕とデイヴィッド・リンチの自伝は、自分の興味のある分野(佐渡さんは単に好みのタイプだっただけの理由)であったため、知識を入れんと割と集中してサラリと読めたが、数年前のヒット小説『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』にいたっては、半分も読まないまま、本棚の一番目の届かない下のほうに追いやられて埃が被っている。そもそも読んでみようと思ったきっかけが、当時好きだった人が読んでいると日記に書いてあったから、という下心満載の理由なのだ。あわよくばそれをきっかけに…、みたいなところである。


集中力が持続しないのだ。初めは活字から見えてくる映像をイメージして、自分をその物語の中に溶け込もうとするのだけれど、そのうちその物語から勝手に派生した全く別のいろんなことが頭をよぎっていき、やがてその妄想のほうに主導権を握られ、結果、目は字を追っているだけ、頭はまったく別の方向に向いている状態になってしまうのだ。

なので読書が趣味という人は、僕からしたら尊敬というか羨ましいというか、素敵に思えてしまう。そういう人は自ずと表現力や語彙力が備わっていて、話す言葉や書く文章、使用する単語ひとつとっても、センスが光っているように思う。

自分もそうなりたいと思って、このブログでもたまに少し背伸びした感の文章を書くこともありますが(今回の記事も含め)、やっぱりどこか未熟な面が否めない。

そこで、やはりここは僕の趣味の一つに「読書」を入れるべく発起し、先日本屋へ向かい、ある文庫本<小説>を買った。それは以前から「これなら読めそうだ」と思っていたもので、人気の作品だ(と思う)。あまりに俗っぽくて何だか恥ずかしいので、タイトルと作家名は伏せておく。

これがなかなかどうして、かなり読みやすい。この作家の特徴なのか、描かれる視点がセクションごとに変わり、それぞれの登場人物の動作や感情が伝わりやすくなっている(これだけで作家名が解った人がいるかもしれない)。これなら読書苦手の僕でも、なんなく読破できそうだ。


ちょっと時間が空いたときにカフェに入って、大好きなモカを啜りながら、窓際で文庫本を優しい顔で読んでいる青年。あぁ、憧れ!アンニュイだわぁ!(やっぱり下心満載)


090314_2227~02

しかしここは「やよい軒」


マイベストセレクション

3月のライブに一緒に行く伊右衛門さんとお茶をした。
ライブ前の予習として、僕が作成した MY BEST SELECTION をお渡しするためだ。


僕はもうライブを見たわけで、ライブで演奏した曲を全部入れちゃえばいいんじゃないの?と思ったのだが、それでは華がないので、ライブの定番曲を入れつつ自分の好きな曲も入れることにした。

しかし自分の好きな曲ばかり集めてしまうと、100曲近いセレクションになってしまう。しかも今回は、mp3などのデータではなく、通常のコンポなどの機器で読めるオーディオCDとして渡したかったという前提上、15~6曲程度に収めなければならない。自分は好きだけど一般受けとしては悪い曲、似た曲調のものはどちらか一方を捨てるなど、迷いに迷って、苦渋の選曲リストとなりました。(選曲リストは諸処の事情で割愛)

次に迷ったのは、曲順。
曲の印象、緩急、アウトロから次の曲の出だしのコード感やドラムのフィルインの自然さ、等々こちらも悩みまくりました。「この曲はこのコードで終わってるから、次の曲はイントロにこの構成音が入っているこの曲を持ってくれば…バッチリだけど、これではバラード続きになってしまう…う~む」などと曲順をアレコレ入れ替えながら、なんとか納得する曲順に仕上がりました。

そしてジャケット作成。
なぜか大昔に保存しておいたファンの方が作った壁紙が、ハードディスクの奥底に眠っていたのを思い出して、こちらはチョチョイと短時間で作成。

MYBEST1.jpg

ジャケットも作ってみたり

MYBEST2.jpg

盤面も印刷してみたり

昔からカセットやMD時代に MY BEST をよく作っては、インデックスラベルをワープロやPCで作成していました。図工や美術のチマチマした作業は今でも大の苦手ですけど、こういうところは几帳面なんですよねぇ。


いやー、久々にベストなんて作ってみると、楽しいもんですね。
気に入ってくれるといいのだけど。このベストを聞いてもらって、さらにライブを見てもらって、もっと聞いてみたい!と思ってもらうことが目標ですね。ベスト第二弾の作成へと。

CD作成にあたって、ponpokoさんにいろいろアドバイスをいただきました。
ありがとうございました^^


海老

知っている人は知っている、偏食家のワタクシ。
今でこそ昔食べられなかったものがある程度食べられるようになりましたが、
未だに、どうしても、どう頑張っても、何度トライしても、ダメな食べ物。それは

海老エビフライ

何がダメって、とにかく味。ニオイも苦手。
小さかろうが大きかろうが生だろうが煮ようが焼こうが擂り身にしようが、とにかくダメ。日清カップヌードルの乾燥エビは、お湯を注ぐと味が染み込んでしまうので、注ぐ前に取り除きます。根気よく丁寧に。乾燥状態のほうが取り除きやすいのだ。

料理屋さんで美味しそうだと思って取ったシューマイに、海老の擂り身が入っていたときのショックといったら、もう、本気の泣きが入るほどです。


20代の頃、仲の良いゲイ友5人で伊勢に旅行に行ったとき、宿泊したホテルで当然出てきたのが、伊勢エビ。それはそれは重箱からはみ出すくらいの大層な伊勢エビのお造りでした。

昔から海老は苦手だからたぶんダメだろうけど、でもひょっとしたら今まで食べてきた海老が美味しくない海老だったのかも。それに伊勢エビったら有名じゃない? ひょっとしたら食べられるんじゃないかな、ひょっとしたら美味しいんじゃないかな?美味しいかも。ウン、美味しいよきっと!

パクッ!


エレエレエレエレ…(吐)



ダメだぁ、やっぱダメだ。伊勢エビで以ってしても、所詮、海老は海老なのだ。


それなのに、海老って大人子供問わず人気のおかずというイメージ。弁当屋で「○○デラックス」と付く弁当には、必ず海老フライが入っているのだ。「海老が嫌いな人なんていないよねー」と言わんばかりだ。 僕が弁当屋でおかずをたくさん食べたくても、決してデラックスを注文できないこの歯痒さ。何が悲しくて、「ハンバーグ弁当」と「チキン南蛮のおかずのみ」なんて注文をしなきゃならんのだ。


友達なんかと食べに出かけるとき、居酒屋などでも、行ったお店で僕が食べられるものをチョイスすればいいので問題ありませんが、例えばとても好きになった人がどうしようもない海老好きで、これからどこに行くか内緒でシュリンプ専門のお店なんかに連れて行かれた日にゃぁ、俺はその日でその人の関係を終わらせてしまうことだろう。別れよう、それで別れよう。


たぶん、催眠術でもかけられない限り、
死ぬまで好きになることはないでしょう。エビフライ

僕と会うことがあったときには、皆さん、覚えておいてくださいね。



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KO2

159*64*33
京都在住。
チビポッチャリーマン。
いつも何か考え込んでいます。

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