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再開の兆し

専門学校卒業から3年。フリーター生活を脱却し、今の職種に正社員として就いたのが、24歳。Windowsすら初心者で、勉強することが山ほどあったので、それまで続けていたバンド活動をやめた。

それでも頭の隅っこには「音楽家」という肩書きを捨てきれずにいて、自室にはキーボードや音源の類が未だにセットアップされている。1年に1曲あるかないかのペースで、作曲や編曲で使った程度。以前のように、スタジオへ持ち運んだり、接続を頻繁に変えたりすることもなくなり、今では埃まみれになっている。


あれから8年。

仕事は安定しているし、休日することといえばハッテン場に行くくらいだ。この8年の間にチャンスが無かったといえば嘘になるが、再びこの音源類が外の空気に触れるチャンスが訪れた。


フリーター時代に一緒にバンドをやっていたベーシストG氏から、「バンド手伝ってくれへんけ?」と、お誘いを受けた。

このG氏。
僕が18歳から24歳まで続けたアルバイト先であった音楽スタジオの常連だった。一目惚れとはこのことか!と思うほど、がっつりタイプ顔のオジサンだ。ガッチリでも太めでもない、中肉中背。身長は165cm以上、170cmは無いだろう。髪はまっすぐ素直、やや長めで野暮ったい。ちょっと助平なところに、男らしさを感じる既婚者。


そんな大好きなG氏からのお願いを、

誰 が 断 る こ と が 出 来 よ う か !

いや、出来まい。(疑問反語)


今月に1度だけ、スタジオリハがあり、年内中にライブを行うというスケジュール。


えええぇ!
当時の僕なら、コード進行と曲の雰囲気さえ掴めれば、あとはノリ一発でこなせそうなものだけど、あのころの感覚を取り戻してブランクを埋めるには、リハが短すぎる…。

不安だ。

もうひとつ不安なことのひとつに、G氏にはカムアウト済みなのである。
(参考)http://polyrhythmlife.blog117.fc2.com/blog-entry-285.html

「そんなこと何でもねえ」みたいな感じで、未だに連絡を取ってくれることは嬉しい。しかし、バンド内のほかのメンバーといるなかで、女の話しになったときには、きっと気を使わせることになるだろう。いっそ、バンド内でもカムアウトしちゃえばいいだろうか?


あ~、不安だらけだ。
でもG氏からのお願いは、何一つ断れないよ。


電話では1年に数回話しているけど、実際に会うのは何年ぶりだろう。
5年以上は経っているのではないか。
もう50歳は超えてるか?

どうしよう、全然イケなくなってたら…。


即効で、バンドやめたくなる。


20091204202417.jpg

久々の出番。片付けますか。


醜態恐怖症

今日、ゲイばかりが集まるイベントに行った。そこに集まったゲイが皆一様に、同じファッション、同じ髪型、同じ髭。仕舞いには同じ顔に見えて区別が付かなくなって、異様な空間に居ることに気付いて、軽く虫酸が走った。

なんなんだあれは。

「ゲイファッション」というジャンルがあるのかしらないけど、例えばノンケも含む集団の中に彼らがいた場合なら、身だしなみに気を遣うオシャレな男性として、キラリと光って見えるかもしれない。しかし、そんなゲイたちを集めてみると、ものの見事に皆同じにしか見えなくて、外見から見える個性というものはほとんど存在し得なかった。

ああいう容姿で、ああいう衣服を纏わないと、ゲイとして仲間に入れてもらえないんじゃないかと不安にさせられ、こうしたイベントに行くときには、ファッションに相当気を遣って行かなくてはならないことに、一人、煩わしさを感じるのだ。 自分は果たして馴染んでいるのだろうか。奇異な目で見られるのではないだろうか。


自分も一時期、ゲイの自覚に目覚めて(笑)、ゲイに人気のファッションブランド、ゲイに人気の短髪、ゲイに人気のラウンド髭、ゲイに人気のガチポチャ(どれも好みは人それぞれですが)…に憧れて、それに近づこうと試みてみた。カンタベリーやトミーに身をくるみ、短髪にし、ヒゲをたくわえて、ジムに通ってみたりした。しかしそんな姿を鏡で見るたびに、違和感を感じていた。そりゃそうだ、無理から作っているのだから。

それでもきっとゲイバーなどに通う人なら、カッコイイ人たちのお手本を前に、本人も洗練されていくのだろう。しかし自分にはそれが出来ないので、未だ「ゲイらしい」姿・発言・行動は、いつもチグハグになってしまう。

いっそ、そんなこと気にするのも面倒臭い。俺は一体誰に好かれようとしていたんだ。自分は自分らしくあるべきだし、自分らしい自分を好きになってくれる人を好きになりたい。そう思ったら、まず最初にとてつもなく似合っていなかった短髪をやめた。今や僕の髪型はセンター分けである。しかし毎朝鏡で髪をドライヤーで丁寧にブローをし、完成型に近づくたびに思うのだ。そうだ、これが俺だ。俺ってこうだった。ってね。


それだけに今日のイベントは、ダウトを探せ!みたいに、自分一人だけ間違っているような感覚になってしまい、その場に立ち入るときも出来るだけ気付かれないように、立ち去るときも素早くその場を後にするのでした。


しかし、これだけは云える。
今日集まっていたゲイ集団のどの人よりも、
前日、某所で一戦交えた アゴ髭ロン毛デブ のほうがよっぽど魅力的だった。


声帯

生きてます。フツーに。
体重が66kgくらいになっちゃいましたけど。(ダイエット中)

逆に(逆にってこともないが)、母が入院した。といっても大病を患ったわけではなく、声帯の水ぶくれ除去手術のため。ポリープではなく、水ぶくれ。浮腫状になっているという。何事もなければ10日間ほどで退院する。


僕が幼少の頃に父が撮影したビデオを見てみると、母の声はメゾソプラノくらいの透き通った声で「こ~ちゃ~ん♪」と録音されているのだけど、いつの頃からか咳が止まらなくなったらしく、気付いたときには、どこの場末のスナックのママかと思うような、ガラガラの低い声になってしまった。

当人はそんなに気にしないまま20年近く放置していた。最近では声を発するときには必ず何度か咳払いをしてからでないと無声音になってしまうのと、まれに息がしづらいこともあるそうだ。新しい男でも出来たのか、急に一念発起し手術を受けることになったというわけ。実際の写真を見てみたが、本来、声帯は逆三角形の形であるはずが、その両辺からボコボコと水膨れが張り出して、ほとんど空気孔が無いようであった。放置しておくと息が出来なくなることもあるそうだ。


僕自身も喉の手術を受けたことがある。20歳の頃、扁桃腺が腫れたまま引かなくなってしまった。そのときに入院して扁桃腺摘出手術を受けたのだけど、あの時、僕自身はそんなに不安でもなかった。何もかも初体験だった「入院」「手術」自体に、まるで初めて飛行機に乗るようなワクワクした感覚を覚えている。

扁桃腺の摘出手術が終わって目が覚めると、「あ、起きたんね?」と言って、母はベッドのそばにいた。しばらくして尿意を催したのだが麻酔の影響で手足が自由に動かせず、立ち上がることも出来なかった。母が尿瓶を持ってきてくれて、ベッドに横たわったままの僕のズボンとパンツを下ろしてチンコを引っ張り出し、そのまま排尿した。まさか成人してから母にチンコを触られるなんて思ってもいなかった。


その役割が、入れ替わったようである。
今日、母の声帯手術が行われた。手術室の前に親族が居る必要があったので、会社は休んだ。

扁桃腺と声帯では部位が違うせいなのか、僕の時とは違ったものであった。あの時は病室で眠くなる筋肉注射を打たれ、意識が無くなるのを確認してベッドごと手術室に向かったハズだが、母は注射も何もなく自ら歩いて手術室に入っていった。

手術は勿論、全身麻酔だ。これは僕もそうであった。もっと古い時代は、扁桃腺摘出手術は即日帰宅か1日程度の入院であったと聞く。たぶん今とは手術の内容が違ったものであると思うが、喉の奥に切り傷や火傷の跡(喉の内部を焼いて形を整えた跡)が残っているので、食事も流動食、それさえも飲み込むことも出来なかったので、到底、即日帰宅なんて無理ではなかろうか?

約2時間後、酸素マスクを付けてベッドに寝かされた状態で手術室から出てきた。意識はしっかりあるようであった。僕は手術室から出た記憶すらない(実際は看護士が声をかけて返答を合図に手術室を出るので、意識はあったハズなのだが覚えていない)。観察室に移されたが、目もバッチリ開いて、こちらの話す内容も理解しているようだった。

声帯の手術は、術後は沈黙療法となる。1週間ほど一切喋ってはいけない。「はい」や「いいえ」で答えられる質問なら首の上下左右で解るが、そうでない場合は筆談になる。扁桃腺の手術の場合は、痛みはあるが喋ることはできた。それよりも手術時に口拡器で口を最大に開けさせられたため、口尻が切れてしまい、口を開けるたびに痛みが走ったので、喋るのが面倒になって沈黙していた。母の手術も同じように口拡器を使ったハズだが、切れたような痕は無かった。

術後の母は、麻酔の影響もあるだろうがいささか憔悴した様子であったが、痛みは今は無いということだった。きっと麻酔が切れると、痛みが徐々にやってくるのだと思う。昨夜は眠れなかったと言っていたこともあって、この麻酔の効果にまかせて眠りたいと言ったので、同じ病室で仲良くなっていたおばさん達に、「終わりましたので」と挨拶をして、辞去した。


今頃はとっくに消灯時間であるが、消灯時間を過ぎて、麻酔はとっくに切れたと思ってトイレに行こうとするが、足元がおぼつかずまともに歩けなかったことを思い出す。点滴台にしがみつきながら用を足そうとするが、小便をひり出す力さえも渾身の力を込めた記憶がある。


ああ、あの苦しみを母も味わうことになるのかと思うと、心配だ。
そして、どんな声になって帰ってくるのか、少し楽しみでもある。


記念日

書きたいような…
或いは心の内に鍵をかけて大事にしておきたいような…
複雑な心境です。

しかし何度となくここに書き記してきたわけですから、私には皆さんに報告する義務があるかもしれません。また記憶というのは徐々に薄れ去っていくものだ。今日という日を忘れないために、この出来事を鮮明に記憶しているうちに、記事に残しておいたほうがいいような気がする。未だやや興奮気味(というより意気消沈気味)であるが、出来るだけ落ち着いて書こうと思う。前編・後編に分けようかと思ったが、ここは一気に読んで貰ったほうが良いだろう。長くなってしまうが、是非、付き合って頂く思う。


『今日、O谷さんと話しをした。』


それはチームの懇談会のなかでの出来事であった。
毎月1回、当チームでは懇談会が催される。この懇談会はその名前から、本来はチーム内の懇談・懇親の目的でもあるが、実際には連絡事項を連絡したり、周知すべき問題を報告したり、或いは定期的に行わなければならない安全や環境の教育実施の場となっている。ジュースやコーヒーなどが振る舞われ、基本的には終始和やかな雰囲気で執り行われる。

役職者が持ち回りで議事進行役となり、スライドやDVDなどを見ながら進められる。今日はO谷さんがその進行役であることは事前に知らされていた。「ストレス」に関する内容だそうだ。「当日、皆さんからストレス解消法や趣味などをお聞きします」とあらかじめアナウンスがあった。


そしてその懇談会が今日だったというわけだ。襖を開放して8畳ほどの和室2部屋分の部屋にチーム全員(20人強)が集まった。空いていた座布団を選んで座ると、たまたま進行するO谷さんと面と向き合う形に座ることになった。

まず厚生労働省が委託している機関が作成したストレスやメンタルヘルスに関するPDFをプロジェクターを通して見ながら、O谷さんが軽妙なトークを織り交ぜながらサラリと読み流した。ストレスには不眠や仕事の重責、職場・家庭における人間関係など、様々な原因があるとのことだ。「はっきり言ってあたしのストレスはアンタの存在そのものだよ!」と心で思ったりした。時間は昼飯を腹に蓄え、いつもなら眠くなりそうな時間帯でもあるが、O谷さんのトークは面白みがあり、皆も引き込まれ笑っていた。

O谷さんの声は中低音のバリトンの、非常によく通る声質で耳に心地良い。PDFを読んでいるときはそちらに目を向け、その内容に対してO谷さんが自身の考えを話されるときには、O谷さんの目を見て聞いた。その話に対して、いつもより倍の振り幅で頷いたり笑ったりして、心象を良くしようと必死である自分に少しウンザリした。

PDFの内容は10分程度で終わり、一呼吸、間が空いた後、

「さて、それでは事前に皆さんにお知らせしておりましたが…」

来た。自分のストレス解消法や趣味などを発表する時間である。時間にも限りがあるので全員に聞いて回るわけにはいかない。おそらくランダムに数人当てて聞くものであろう。そしてそれはO谷さんの一存で決められるものであると予想していた。

「それでは…、そうですね、では○○さん。」

それはO谷さんの隣の席の人物である。やはりそうか。O谷さんが絡みやすい人物に当てているんだ。それならば、自分にその番が回ってくることはなさそうだ。それも予想できたことであったので、特別ガッカリしたわけもなく、その人のストレス解消法を聞くでもなく聞いて、話しが終わる頃に目の前に置いていた缶コーヒーに手を出し、一応周りに気を配って遠慮気味にプルトップを開けた。それでもプシュッと音が鳴った瞬間であった。

「では次…、△△さん」

自分の苗字が呼ばれたことに気付くまでに2~3秒要している間に、O谷さんは続けて、

「なんかすんません、これからコーヒー飲もうとしてはるときに(笑)」

自分のことだ。ハッと顔を上げると、O谷さんはこちらを見て微笑んでいた。


こちらを見ていたのだ。O谷さんは僕の名前と顔を認識していたのだ。当たり前のように思われるかもしれないが、20人強のメンバーのうちO谷さんと仕事の接点があるのは数人であるにもかかわらず、漫然と大人数が座っているなかから僕を認識し、見ていたのである。

どうしよう、ばっちり目が合っている。そしてここで僕は喋らなくてはならない。大勢の人の前で話すのはそれほど緊張しない。しかしO谷さんが見つめるなかで話すのは全く別である。できるだけ平静を装いながら、当てられるわけもないが念のため用意していた内容を話した。

その内容は、用意していただけあってややあざとい。もし万が一、O谷さんに当てられることがあれば、できるだけ自分のパーソナルな情報を含ませて、自分のことを知ってもらおうという算段だ。要約すると、以下の内容になる。

自分の最終学歴は音楽学校です。若い頃はバンドでライブに出るなどしてストレスを発散しましたが、今の職に就いてからはそういった活動はやめてしまいました。最近では友人とカラオケに行ったり、趣味でもあるドライブ中に、自分の好きな音楽をかけて、車中で大声で歌うことに留まっています。

やや呂律が絡まりながらも、うまく話せたと思う。
そしてこの作戦は見事に成功した。

「バンドはどんなジャンルだったんですか?」
「ハードロックや、70s 80s のディスコ&ソウルなどです」
「何を演奏されてたんですか?」
「小さい頃からピアノを習っていたので鍵盤です」
「僕も電子ピアノを買ったけど、買って安心してしまって全然弾いてませんわ~(笑)」


か…会話をしている。
ねぇ、今、これ、会話をしているよねぇ?


テンションが上がりすぎて傍目から見て気持ち悪い男にならないように気を付けながら、見事に好青年を演じきれたことだと思う。なぜなら、この日を夢見てずっとイメージトレーニングしていたのだから。ずっとこの日を待っていたのだから。


これがきっかけとなって今後も話しが弾むようになるかどうかは、僕のコミュニケーション能力が大事となる筈です。まずは朝の挨拶からだ。出勤時間が近いせいで、朝いつも構内ですれ違う。今までは目が合ってもすぐにそらされていた。どこか機嫌が悪そうにも見えたので、嫌われているのかと思っていた。だから僕ができるだけ先に見つけて、見つけた時にはO谷さんの視界に入らないように、O谷さんのお目を汚さないように、遠く離れて歩くようにしていた。

しかしこれからは堂々と横をすれ違い、「おはようございます」と挨拶してもいいのではないかと思う。少し緊張する。しかし僕が求めていたのは、この程度のことだった。付き合いたいわけでもない、チューがしたいわけでも、セックスがしたいわけでもない。

O谷さんと話しがしたかったのだ。
ただそれだけのことに、5年を要した。

今日は記念日だ。


私の体を蝕むもの

さて先日からお伝えしております私の体のことですが、血液検査の結果、内臓疾患であることが判明したことまではお伝えしました。この時点で、血液検査で判る内臓疾患といえば限られてるじゃないか、と大体の予想をした方もおられたかと思います。私の内臓の悪い部位。それは…


『liver』 (問:訳せ)


リ…、ラ…、ライ…バー…?


レバー、肝臓です。

血液検査の結果、肝機能を示す数値が高くなっていたのです。私は酒に関しては1年に1~2回、口を付ける程度。γ-GTPの数値は正常値でした。(それでも前年の健診結果に比べると2倍↑) 肝細胞の破壊度を示す数値、GOT/GPTの数値が上がっていました。前年の検診結果と比べても、その差は歴然。なぜ、そんな急に…。

自分にとって意外な内臓が悪いと聞いて少し驚いていると、先生が、

「肝炎の結果はすぐに出ないから何とも言えないけど、まー、○○さんの身長と体重を見て察するに、十中八九、脂肪肝でしょう!」

20090922110003s.jpg

赤鉛筆で強調された


後日、再通院してB型・C型肝炎の結果はシロ。腹部エコー検査をした結果、やはり脂肪肝であることが証明された。そうだね、意外でもなんでもないんだね。これだけ太ってりゃ、そりゃ内臓に脂肪くらいつくさ。公称159cmの68kgと云っているけど、白状するけど本当は70kgを越えてたんだよ。医者からは、「薬はありません。痩せて下さい。」とだけ言われた。

去年の11月の健診でも腹部エコー検査を行っているが、そのときは胆のうポリープ以外は何も言われなかった。つまり肝臓の脂肪は目立つほどでもなかったのだろう。あれから10ヶ月の間に一体何があったか。自宅での映画鑑賞時や寝る前のポテチ&炭酸ジュースが多かったのは認める。そのせいで4kgほど太った。しかし通勤時の自転車や徒歩などで軽運動はしていた。

予兆はあった。やたら疲れやすくなっていたのだ。通勤時の自転車にしてもそう。少しの坂を登りきるのにすぐ息を切らしていた。職場の階段を一階分上がるだけで、ハァハァ言っていた。そういえば先日の京都観光もそうだ。尋常でない汗と疲れで不機嫌になってしまったほどだ。


嗚呼、なんとも情けない。よく掲示板などで、自身も細い細専ゲイが、「ムッチリ」や「ポッチャリ」という言葉をまるで宣伝のように使うゲイを忌み嫌っていた書き込みを思い出した。つまり、そんなものは自己管理能力の無いただの怠惰であり、いずれ生活習慣病を引き起こすことも解らない大馬鹿者であると。

その時は、ゲイならば何を以て男を感じるか、身体的なことでいうと、細マッチョな外人みたいな筋肉質だという人もいれば、典型的な日本人体型(例えば浴衣というのは帯を腹の下で結び、腹の出っ張り具合を強調するのが粋だ。)という人もいる。それぞれなんだから別にそこまで言わなくてもいいんじゃな~い?

と思っていた。しかし今はっきり意識する。


すんませーん、私、怠惰してました!

肉ばっか食ってました!っていうか肉しか食ってませんでした!
野菜が大嫌いです!魚が嫌いです!和食が嫌いです!
豚肉が好きです!牛肉が好きです!脂身が大好きです!


若い頃はそれでも代謝してたんだろうけど、そろそろ内臓もしびれを切らして「オイコラ!お前いい加減にしろよ!」と言っているんでしょう。もっと野菜くれよと。

たぶん健康的なおデブな方達と何が違うって、僕が野菜をほとんど採らないことに尽きるでしょう。やー、もー、野菜大嫌いんなんですよ。特に生野菜・サラダが。雑草を味わっているとしか思えない。マヨネーズやドレッシングで誤魔化しても、最終的に口に残るのはあの雑草臭。ある程度調理されれば食えますけど、それでもあまり手は出さない。まさに食指が伸びない。

しかしそうも言ってられなくなりました。ここは母にも協力してもらい、食生活の改善を図るしかありません。今まで僕の好みを判って、肉料理ばかり作ってもらっていたが、これからは魚も出してくれ(でも海老だけは絶対やめて)、野菜も食うから。

そういって協力を要請し、よしわかったと言って、昨夜我が家の食卓に上がった晩ご飯は、ステーキでした。野菜はその横に盛られたモヤシ。


もーォ、お母さーん!
大好き!


改善にはほど遠いようです。
頑張ります。


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PROFILE

KO2

159*64*33
京都在住。
チビポッチャリーマン。
いつも何か考え込んでいます。

mailto:
polyrhythmlife at gmail dot com

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